秘窯の里で出会った鍋島青磁――静けさを連れて、肥前の春を走る

鍋島青磁の器でコーヒーを飲む
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”器”と走るという遊び

バイク旅に”器”を連れていく。
そんな発想は、少し変わっているかもしれない。

けれど、手に入れた器をその場で使うという体験は、旅に一段の深みをもたらす。

青磁の鍋島焼を手に入れ、道中の東屋でそっとコーヒーを淹れた。器とともに走ったその日を、静かに記録しておく。

大川内山|秘窯の里で見つけた青磁と白磁

目的地は佐賀県・伊万里市の山奥にある、大川内山。
かつて鍋島藩の御用窯が置かれ、「秘窯の里」として知られる場所だ。

三方を山に囲まれた谷あいの町は、石垣と煙突が点在し、まるで時間が止まったような静けさが漂っている。

30もの窯元が集うこの地で僕が選び取ったのは、長春青磁陶窯の天然鍋島青磁。
大川内山の地に眠る青磁鉱石だけを使った、秘窯の里の“本物”だ。

それを手にした瞬間、この旅に深みが生まれた気がした。

青磁のフリーカップを選んだのは、光を透かすような淡い青と、手のひらにすっとなじむ小ぶりなフォルムに惹かれたからだ。

もう一つ、別の窯元で白磁のカップとソーサーも購入した。
こちらは主に自宅用。豆を挽き、静かに注ぐ時間のために。

武雄で和菓子を、嬉野へ湯を求めて

器を選んだあとは、すこし足を伸ばして武雄へ。
創業180年の老舗で、コーヒーに合う和菓子をひとつ手に入れた。

そのまま、温泉地・嬉野へと向かう。目的は「シーボルトの湯」。
ヨーロッパに日本の湯文化を伝えた医師の名を冠する、静かな立ち寄り湯だ。

けれど、その途中で思いがけず旅の“核心”に出会うことになる。

茶畑の緑に包まれて

道すがら、谷あいの地形に沿って段々に積み重なった棚田の茶畑が現れた。
新茶の季節、緑が濃く、鮮やかで、静かだった。

その風景には、人の手が長い時間をかけて形作った優しさと、土地の力強さが共に息づいていた。
ただ、走る。何も考えず、ただ、風を受け、光に染まった緑の階段をなぞるようにバイクを進める。

ああ、この里山で器を使いたい。
そんな気持ちが、ふと湧いてくる。

鍋島青磁とともに味わう、春のひと息

茶畑を抜けた先で、田園に佇む東屋を見つける。

持ってきたバーナーとドリッパーを取り出し、青磁のカップにコーヒーを注ぐ。
湯気が立ちのぼり、器の青に太陽の光が差し込む。

エンジンの音が消えたあとの、静寂。
鳥の声と水の音、そして手に残る器の温もり。

この器が、この一杯が、旅そのものの記憶になっていく。

旅は、器にも記憶される

人は、景色や食べ物だけでなく、”手にとって使ったもの”にも旅の記憶を刻んでいく。
この鍋島青磁は、これからも僕のツーリングに付き添い、さまざまな風景とともに記憶を重ねていくだろう。

旅の相棒は、バイクだけじゃない。
器にもまた、旅を記録する力があるのだ。

このことばが、誰かの再起動のきっかけになりますように。
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