阿蘇には、走るたびに昔を思い出すカーブがある。
まだ僕が大学生だったあの夏のことを。
当時、バイクはほとんど通学のための乗り物だった。
遠くへ走ることも、ほとんどなかった。
大学最後の夏休み。
一週間ちょっと、九州一周のバイク旅をした。
だけどお金はなかった。
3000円の安テントと、最低限のキャンプ道具。
ツーリングバッグすら持ってなくて、
ボストンバッグに荷物を詰め、シートに括りつけた。
キャンプというより、ほとんど野宿だった。
行きあたりばったりで、バス停のベンチで寝た夜もあった。
今なら、もう少しまともな準備をするだろう。
でも、あの頃はそれでよかった。
知らない場所がまだある。
それだけで、旅に出る理由になった。
そして、その旅の途中で初めて阿蘇を走った。
パノラマラインの道中、世界が変わった瞬間を、今でも覚えている。

どこまでも広がる草原。
雄大な山なみ。
その上に広がる、大きく青い空。
こんな場所があるのか、と心がふるえた。
それまで、僕にとってバイクは日常の中にある乗り物だった。
通学のための移動手段。
仲間と街を走るための道具。
でも、阿蘇を走ってはじめて知った。
バイクは、まだ知らない世界まで
自分を連れていってくれる乗り物なのだと。
たぶん、僕のツーリング人生は
あの夏から始まった。
あれから15年以上、時が経った。
環境が変わり、生活は変わった。
僕自身も、あの頃とはずいぶん変わった。
乗っているバイクも。

あれから、日本中の道を走った。
気持ちのいい道も、たくさん知っている。
何も知らなかったあの頃の僕はもういない。
それでも、あのカーブを曲がると、
青かったあの頃に時間が戻る。
ボストンバッグと身一つで、
何も知らないまま走っていた夏。
以前、阿蘇のことを
僕の心の奥の「基準点」と書いた。
なぜここがそうなったのか。
それは、美しいからだけではない。
バイクで旅する喜びを知った、最初の自分がいるから。
だから、何度走っても、阿蘇は色褪せない。
そしてこれからも、
あのカーブを曲がるたびに思い出すのだろう。
いまの僕と、あの夏の僕が、
ほんの一瞬だけ、同じ道を走る。

