一年ぶりに、呼子の海沿いを走った。
いつも通り、α7 ivを持ち出した。
あの日と同じ場所にCB1300を停め、画角を確かめながら、同じ構図をつくる。
同じバイク。
同じカメラ。
同じ場所。
そして、同じ構図。
液晶に映った一枚は、一年前に撮った写真とよく似ていた。

呼子大橋は変わらずそこにあり、赤白のボディも、あの日と同じように光を受けている。
けれど、その写真を見る僕だけは、少し違っていた。
この一年で、生活は変わった。
バイクのために使える時間も、以前より少なくなった。
一年前、僕はこの場所で、「自由は、風の中にあった」と感じた。
今も、ツーリングが好きな気持ちは変わらない。
呼子の海沿いを走ることも、この場所から橋を眺めることも、やはり大好きだ。
ただ、その風の中にいられる時間は、以前より短くなった。
暮らしが変われば、走る回数も、バイクとの付き合い方も変わっていく。

気持ちが薄れたわけではない。離れるわけでもない。
きっと、それは自然なことなんだと思う。
一年前、この橋もバイクも鉄の塊でありながら、どちらも何かを「つなぐ」ためにあると感じた。
あれから一年。呼子大橋は、あの日の僕と今の僕をつないでいた。
二枚の写真は、よく似ている。
けれど、その間には、あまり走れなかった日々も含めた一年分の生活がある。
人生の中で、バイクとの付き合い方は変わっていく。
それでも、また走りたいと思える場所があり、そこへ連れてきてくれる一台がある。
この橋を渡るたび、今の僕と一年前の僕は、風の中でまた出会う。

